本日の「法の日」に,私どもに,日本記者クラブで皆様にお話申し上げる機会をいただきましたことに感謝いたします。
今年2009年は,司法にとって,さらに,我が国の民主主義の発展にとっても,裁判員制度が開始されたという歴史的な年ですが,その年に奇しくも「法の日」が50回という節目の年を迎えるというのも何か不思議な縁を感じさせます。

この50年を振り返ってみると,第1回の「法の日」が行われた1960年は,いわゆる「所得倍増計画」が策定された年で,我が国は,安い労働力や円安相場等を梃子に,1968年には,資本主義国の中でGNP世界2位に躍り出ました。その後,変動相場制への移行,オイルショック等により,成長は鈍化したものの,安定して成長を続けました。しかし,1991年にバブル景気が崩壊し,「失われた10年」が続き,かつてない不況に見舞われました。そして,「いざなみ景気」によりようやく平成不況から回復しつつあった矢先の昨年の夏ころ,アメリカ合衆国のサブプライムローンに端を発した世界金融危機により,大きな打撃を受け現在に至っているのであります。
その間,護送船団方式に代表される行政主導による事前規制型社会であった我が国は,情報通信技術の革新等によるグローバリゼーションの進展に伴い,規制改革等に取り組み,事後監視型社会へと転換が図られました。こうした社会構造の転換と同時に価値観も多様化し,また,国家の「垣根」が低くなり,国際化が一層進むなど,個人や社会を取り巻く環境も大きく変化し,それに対し,行政,経済のみならず,司法の分野でも対応を迫られることになりました。
ところで,本日の「法の日」は,法の下ではいかなる者も平等であるという,憲法の基本理念である「法の支配」があまねく社会に浸透することを目的として定められたものと理解しておりますが,この「法の支配」の概念は,古くイギリスにおいて,統治者による恣意的な支配を排斥し,被統治者の権利・自由を保障することを目的として確立されたものです。そして,今日においては,その意義はより深まり,国民が統治の主体として自由で公正な社会の構築に参画するという民主主義の発展に不可欠な理念とされ,また,グローバル化の進む国際社会の平和と繁栄を実現するためにも欠くべからざるものになっています。
取り分け,この50年間に目覚ましい社会構造等の変化を経験してきた我が国にとっては,今後健全な発展を遂げるために,今こそ最も「法の支配」の理念が重要となっており,この理念を通して,一方で経済・社会の自由を確保し,他方で,自由が行き過ぎて,弱い立場の者が不当な不利益を受けることがないよう,ルール違反を的確にチェックするとともに,権利・利益を侵害された者に対し,速やかな救済をもたらすことが強く要請されています。

そして,「法の支配」の理念に基づき,適正な手続の下,公正なルールに従って中立公平な判断を行う司法の重要性に注目が集まったのは当然のことであり,その充実強化を図ろうとしたのが,今次の司法制度改革であります。中でも,裁判員制度は,「法の支配」がこの国の血となり肉となり,憲法のよって立つ個人の尊重と国民主権が真の意味において実現されるために何が必要とされているのかという,司法制度改革における根源的な問いかけに対する答えとして提唱されたものです。
世界の多くの国では,陪審や参審と呼ばれる制度の下で,国民が司法に参加しています。この裁判員制度は,我が国独自の国民の司法参加制度で,もちろん今まで誰も経験したことがないため,司法制度改革審議会の提言がなされてから8年の間,法曹三者が協力しながら手探りで,具体的な制度設計,立証の在り方の研究と実践などに努めてきました。しかし,裁判員裁判への参加を躊躇する国民の声や,制度そのものに対する批判の声もあって,この制度の運用に関与する多くの人が,大きな期待とともに一抹の不安を抱えながら,8月3日,我が国最初の裁判員裁判の日を迎えたに違いありません。以来,9月末までに,既に14件の裁判員裁判の判決がなされておりますが,今のところ,心配していたことは杞憂に終わり,逆に裁判員の方々の良識や崇高な使命感に圧倒される思いでありましょう。
心配されていたことの一つに,国民の参加意識が低いのではないかということがありましたが,通知を受けたほぼ9割の方が裁判所にきていただいており,また,裁判員の多くの方々は,裁判後に,堂々と記者会見に応じておられるとの報道に接しておりますが,それによれば,ある裁判員の方は,「皆さん心配なさっていると思うが,一生経験できないようなこと。次の方にも頑張ってもらいたいです。」と,今後裁判員を務める人にエールを送られました。また,裁判員としての精神的負担の問題も懸念されていましたが,ある裁判員の方は,「人を裁くという重大なことを,最初は自分が決めなければという気持ちが強かったが,みんなで最終的な結論に持っていくと考えられるようになってから少し楽になった。」と述べられました。日本人は評議の場で活発に議論するのが苦手ではないかとの指摘もありましたが,裁判員の多くの方々は,「メンバーがとても話しやすく,今となってはかなり前からの知り合いの感覚だ。評議でも思っていることを素直に話せたと思う。裁判官もそういう雰囲気でできるように気を使ってくれました。」と述べられ,また,多くの裁判員の方々が,証人や被告人に質問されるなど,法廷においても主役を演じられました。
今後,裁判員制度の試金石ともなる,犯人性が争われ,状況証拠などで立証するような複雑な事件の審理も行われることになると思います。裁判員の中には,「プレゼンテーションが想像以上に分かりやすかった。検察官,弁護人も我々に理解させようという気持ちが伝わった。」との感想を述べられた方もおられましたが,検察としては,裁判員の方々の理解力や判断力に甘えることなく,総力を挙げて十分な準備を行い,裁判員の皆様が容易に適正な心証を形成できるような公判遂行に心を砕いてまいります。

司法制度改革審議会は,その意見書において,「我が国が取り組んできた行政改革,規制緩和等の経済構造改革等の諸々の改革の根底に共通して流れているのは,国民の一人ひとりが,自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として,互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画し,この国に豊かな創造性とエネルギーを取り戻そうとする志である。今般の司法制度改革は,これら諸々の改革を憲法のよって立つ基本理念の一つである『法の支配』の下に有機的に結び合わせようとするものであり,一連の諸改革の『最後のかなめ』として位置付けられるべきものである。この司法制度改革を含む一連の諸改革が成功し,21世紀の展望を開くことができるか否かは,我々国民が現在置かれている状況をどのように主体的に受け止め,勇気と希望を持ってその課題に取り組むことができるかにかかっている。」としました。そして,裁判員の方が会見において,「日本人は昔からお上に弱いが,4日間で考えが変わった。個人が集まって社会ができていると意識するようになった。社会を住みやすくするために何ができるのかを考えれば,制度は発展していく。」と述べられたの聞いて,私は,今般の司法制度改革を通じ,「法の支配」が確実に国民の間に浸透し,我が国の民主主義がより強固なものとなり,この国が今後経験するであろう様々な荒波を乗り越えていくための豊かな創造性とエネルギーを与えてくれるであろうことを確信しました。
検察としては,今後とも,国民の皆様の声に謙虚に耳を傾け,裁判所,弁護士会,警察等関係機関と協力して,司法制度改革を実り多いものとし,司法が国民に身近でより頼りがいのあるものとなるよう,精進してまいりますので,よろしくお願い申し上げます。