京都地検検察官の声

最終更新日:2021年10月15日

 京都地方検察庁では,検察官が,朝日新聞京都版(不定期木曜朝刊)に連載中の「司法Voice」という記事に,「司法の現場で心に残ったエピソード」を寄稿しています。
 今回,朝日新聞データベースセンターから許可を得て,これらの記事を「京都地検検察官の声」として,当庁HPで改めて紹介させていただくこととなりました。
 なお,検察官の個人名及び顔写真については不掲載とさせていただきます。

「繰り返さない」を信じたい(刑事部検事)平成26年2月15日掲載

 検事2年目のことです。小学2年生の女児を人気のないところに連れ込み,突然キスなどをしたとして強制わいせつ罪に問われた70代の男の事件を担当しました。

 男には前科がありました。数十年前の強姦事件です。しかし,刑務所に服役した後は逮捕された前歴はありませんでした。

 「数十年間,どんな生活をしてきたのか。なぜ再び事件を起こしたのか。服役した経験は全く生かされなかったのか」。私は,そう思いました。

 男は取り調べで,一人暮らしの寂しさを紛らわすために同様の犯行を重ね,警察に見つからなかっただけだったと告白しました。「自分では止めることができなかった。警察に捕まり,警察,検察の話を聞くうちに,自分の行為が多くの人を傷つける取り返しのつかない犯罪だったとわかった」。そして,誓いました。

 「過去を見つめ直し,これからの自分を変えていきたい。逮捕されて良かった。二度と同じことは繰り返さない」。男には,懲役3年の実刑判決が言い渡されました。

  年月が過ぎ,転勤した後,この事件の担当時に一緒に働いていた事務官から連絡がありました。「あの事件の犯人が無事服役を終えて,『検事にあいさつしたい』と地検にきましたよ」。私は「二度と繰り返さない」と誓った男の言葉を思い出し,「必ず守り通してほしい」と強く願いました。

 検事という職に就き,よく考えることがあります。「過去は変えられないけど,未来は変えられる」。罪を犯した事実に真摯に向き合えば,再び犯罪に手を染めることにはならないと,信じています。

被害者や遺族の声反映(公判部検事)平成26年10月11日掲載

 数年前,ある男が被害者を死なせた事件の裁判を担当したことがありました。

 被告人の男は,自分は犯人ではないと否認しました。この裁判では,被害者の遺族が被害者参加人として法廷内に入り,検察官席の後ろで裁判の一部始終を見守りました。

 何日にもわたる裁判の間,被告人の心ない言い訳を幾度となく耳にし,遺族のすすり泣く声が何度も聞こえてきました。 最後には,そのような言い訳を踏まえた遺族の気持ちを法廷で話してもらいました。

 判決の日,被告人が犯人であることに疑いはないとして有罪判決が下されましたが,科せられた刑は,検察官の求刑からすると軽いものでした。  

 私は,きっと,遺族から刑が軽すぎるとのお叱りを受けると思っていました。 しかし,遺族は「裁判が始まるまでは,ひょっとしたら被告人が犯人ではないかもしれないという不安がありました。 しかし,裁判を間近で見て,被告人が犯人に間違いないとの確信を持つことができました。つらかったですが,参加してよかったです。墓前にも報告できます」とのお言葉を頂きました。それまでの苦労が報われた気がするとともに,被害者や遺族のためにも,最大限の努力をしていなかければならないと身が引き締まる思いがしました。

 被害者参加制度が設けられて6年。 徐々に定着しつつあり,「事案の真相を知りたい」「犯人がどのようなことを言うか見届けたい」などの思いから,制度を利用する人が増えているように思います。

 こうした制度を利用することは,検察官としても,より被害者や遺族の率直な意見を裁判に反映させることができますし,これらの意見が反映されていくことは,犯罪が少しでも減るためにも非常に重要なことだと思っています。

供述信用できるか吟味重要(特別刑事部長)平成27年1月24日掲載

 捜査について,「自白の偏重」という批判がされることがあります。任意性を欠く自白や客観証拠と矛盾する自白に依拠し,誤った事実認定をした場合には,このような批判がなされても当然です。しかし,私たちの仕事の基本は,被疑者に自らの意思で事実を語らせ,それが信用できるのかを吟味しつつ,捜査を進めることなのです。

 任官2年目に担当した事件で,このような観点から印象に残っているものがあります。トラックの積み荷への放火事件です。被疑者は,積み荷を覆っているほろに火を付けたと供述し,他方で,消防は,その反対側のタイヤ付近が最も強く燃えているので,この部分に放火されたのではないかとの意見を述べていました。

 被疑者の真摯な供述態度や,具体的な供述からすると,とてもうその話をしているようには思われなかったのですが,その供述が客観的な状況と矛盾しているように思われる以上,これに依拠して被疑者が犯人であると断定することはできません。

 そこで放火当時のトラックの積み荷などの状況を可能な限り再現して燃焼実験し,被疑者の供述が信用できるのかを吟味することにしました。

 被疑者の供述どおりほろに火を放ったところ,ほろがある程度燃えたところで,それが荷台の反対側に垂れ下がりました。そしてそのほろの火が,車体の反対側のタイヤを強く燃焼させたのです。

 このような実験をした結果,被疑者の自白が信用できると確信できましたので,この件で被疑者を起訴しました。この件は,供述の信用性を吟味することがいかに重要かということを認識させられた事件として,20年近く経った現在でも印象に残っています。

被害者の勇気に応える司法に(総務部長)平成27年5月16日掲載

 以前,控訴審を担当した事件で,小学1年の女児が,見知らぬ男性に,履いていたパンツを引き下げられるという事件がありました。女児はすぐに父親に告げ,父親はすぐに警察に通報しました。被疑者は当初,「覚えていない」と供述しましたが,その場にいたことを裏付ける証拠が出てくると「女児の近くにいたが,パンツには触っていない」と供述を変遷させ,裁判では,女児の供述の信用性が争われました。

  第一審は,女児の供述の信用性を認め,懲役8カ月の実刑判決。控訴審は,被告人からの控訴を棄却しました。しかし,第一審では,当時7歳だった女児に6時間以上もの証人尋問が行われ,深刻な二次被害が生じました。女児は,黒い影に追われる夢や,たくさんの足に踏みつぶされる夢などにうなされ,授業中に頭痛や吐き気の症状に悩まされ,恐怖心から学校のトイレに入れないなど生活に支障を来したのです。

 女児の母親は,事件の約2年7カ月後,控訴審において「被害に遭った子どもは大人の想像以上に苦しい思いをします。今も,えたいの知れない闇の中で懸命に立ち向かっている娘の勇気が,子どもへの性犯罪を防ぐ大きな一歩になってほしい」という旨の意見陳述をされました。私は,この事件を通して,勇気を出して被害申告した被害者を苦しめるような司法であってはならないと強く思いました。

 そのためには,発生直後の客観証拠の収集保全,被害者・目撃者・通報者などの初期供述の信用性の確保とその保全に万全を期す必要があります。カウンセリングなどのケアも必要です。そして,同じ思いで活動している府警本部の犯罪被害者支援室,弁護士会の犯罪被害者支援委員会,犯罪被害者支援センター,産婦人科医会,児童相談所などと密接に連携し,被害者の勇気に応える司法を目指したいと思います。

自転車 悲惨な結果招くことも(交通部長)平成27年10月10日掲載

 最近よく目につくのが,自転車による交通違反です。改正道路交通法の施行に伴って,今年6月1日から危険行為を繰り返す自転車運転者に対する「自転車運転者講習制度」が始まるなど,自転車についての交通取り締まりが強化されたので,多少はそういう事例が増えてくるかなと思ったのですが,予想以上です。

 無灯火や通行禁止場所の通行(寺町通などでは,日中,自転車に乗って通行してはいけないことを知ってましたか?),信号無視なども散見されますが,結構目につくのが,「警報機が鳴っている踏切への立ち入り」です。嵐電(京福電気鉄道)や叡山電鉄など一般道路と並行して走っている路線がある京都ならではかもしれませんが,電車は急に止まれないですから,非常に危険な行為だと思います。「行ける」と思っても,そこはルールに従って自重していただきたいところです。

 自転車の絡む交通事故として印象に残っているのが,とある勤務地での死亡事故です。発端は,自転車横断帯が設けられた信号交差点が近くにあるのに,そこを通らず,更に赤信号を無視して,駐車車両の間から1台の自転車がふらふらっと道路を横断して出てきたことでした。その場に通りかかったタンク車など2台が,その自転車を避けるため,左に急ハンドルを切りました。その結果,タンク車が制御を失って道路左側の歩道に乗り上げ,歩道上の歩行者2人に衝突して死亡させたのです。この事件で,自転車運転者は,重過失致死罪で刑事裁判にかけられ,実刑判決が下りました。ちょっとした違反が大きな結果を招く,本当に怖い話だと思います。

  また,先日,自転車による酒酔い運転の事件もありました。もう論外です。誰でも乗れる自転車だからこそ,交通ルールをしっかり守って欲しいと思う次第です。

高齢者犯罪の増加 対策探る(刑事部長)平成27年12月19日掲載

 今年,私は,56歳になった。若い頃には,自分が,手の甲にシミが浮き出たオッサンになろうとは思ってもみなかった。私が学生の頃に聞いた井上陽水さんの「人生が二度あれば」で,65歳の父と64歳の母は「老人」であった。

 今「お年寄り」は元気である。50代になった私の妻が,スポーツジムで,全身の脂肪をプルプルと波打たせ,汗まみれでインストラクターの動きを追っている横で,70代半ばのご婦人が涼しい顔でレッスンを受けている。しかも,そのレッスンの前に「2キロほど泳いできた」のだそうである。一方,先行きに不安を抱え,孤独の闇に身を沈めている「高齢者」が多数おられることも事実である。

 最近,70代後半や、80代の「高齢者」が起こした事件を決裁することが多くなった。中には,若い頃から犯罪歴を重ねている者もいるが,全く犯罪歴のなかった人が,急に傷害事件を起こしたり,万引きを繰り返したりする事例もまれではない。T検察官が担当する万引き事件の決裁をしながら,「あぁ,この85歳のおばあちゃん,また,やってしまったんだね」と顔を見合わせる。家族と同居している場合には,まだ希望があるが,親兄弟が他界し,配偶者とも生別・死別し,子供とは顔を合わせることもなくなった人がいる。

 検察庁では,事案に応じて社会福祉士と協力し,保護観察所や福祉機関との連携を強めて被疑者が犯罪を繰り返さないように支援を行う道を探っている。犯罪という窓を通して福祉などの諸施策の在り方と向き合う終わりのない仕事である。私は,何が有効な方策なのか,自分はあと何年この仕事に携わることができるだろうかと思いながら,若干の焦りを感じつつ,日々を過ごしている。今年,私の父は,83歳になった。

仕事の重み 修習生感じて(総務部長)平成28年5月13日掲載

 私は今,京都地検で司法修習生の指導に携わっています。修習生を見ていると自分が修習生だった頃を思い出します。司法試験の受験勉強では,どういう行為が犯罪に当たるかを検討することが中心で,修習生になった当初はその人の行為が犯罪に当たれば当然に処罰されるべきものと漠然と考えていました。

 しかし,修習が始まると検察官は犯罪が成立すれば全ての犯人を起訴しているのではなく,性格や年齢及び境遇,犯罪の軽重並びに犯罪後の情状により,起訴を必要としない時は,起訴猶予という不起訴処分にしていることを知りました。私が修習生として最初に担当した事件は,若い女性が大量の食品を万引きしたという窃盗事件でした。女性は過去に万引をして起訴猶予とされた前歴があり,更生のためには刑罰を受けさせた方がよいと思いました。

 しかし,捜査を進めると,女性は過食症を患い,食べては吐くということを繰り返し,ついには食べ物にお金をかけることを惜しんで万引きしたという事情が認められました。当時は窃盗罪の刑罰に罰金刑はなく,起訴を猶予して社会内での更生の機会を与えるか,起訴して懲役刑を求めるか随分悩みました。女性は被害弁償をし,母親が本人に病院で過食症の治療を受けさせると誓い,本人も治療を受けて二度と万引きはしないと誓ったので,私は,起訴猶予が相当だと考えました。指導係の検事に説明すると,指導係の検事は女性を起訴猶予にしました。

 この事件を通じて,初めて,人の刑事処分を決めるという検察官の仕事の重みを知りました。私が指導する修習生にもそのような検察官の仕事の重みを知ってもらえればと思っています。

先入観捨て 捜査を尽くす(刑事部長)平成28年9月9日掲載

 検察官は先入観を持って捜査してはいけません。まだ若かった頃,一見明らかなように思える事件でも,「真実はまだ解明されていないかもしれない」と考えて捜査を尽くす必要性を痛感させられる事件を経験しました。

 それは,女性が交際中の男性の命を奪った事件でした。その女性は自殺を図って男性のそばで倒れているのを発見されており,「一緒に死のうと思った」などと犯行を自白しました。その女性自身が男性の命を奪ったことに疑う余地はないと思われ,当初の捜査は「男性から頼まれて犯行に及んだ」という女性の主張が真実かを解明することに,力点を置いていました。
  ところが,女性の身柄を拘束できる期間の半ばを過ぎてから,新証拠を分析していた警察官が,女性の供述と整合しない点があることに気づきました。説明を求めたところ,女性は「実は知り合いの男を雇って犯行を行わせた」と話し始めたのです。その話には信憑性があり,その男を捜し出して取り調べたところ,その男も犯行を認めました。さらに捜査を尽くし,女性を実行犯の男との共犯として起訴したのは,女性の身柄拘束の期限であり,検察庁が年末年始の休暇中であった大みそかの夕方でした。

 検察庁でもワーク・ライフ・バランスが重要であると考えられ,今は部長と呼ばれる立場になった私は部下に対し,普段はできるだけ休日出勤をしないように言っています。
 しかし,検察官には事件を解明して適切な処分を行う責任があり,今もし同じような事件が起きれば,私は事件を担当する部下に,「真実が解明できたなどと簡単には思わず,証拠を十分に精査し,大みそかまで捜査を尽くすように」と指示すると思います。

皆さんの情報から (特別刑事部長)平成28年12月23日掲載

 京都地方検察庁では,みなさんの情報を端緒として捜査し,犯罪を摘発することにも努めています。情報は,京都地検HP内にある「ご意見・ご要望」欄の投書フォームを利用いただくか,郵送や地検に来庁して特別刑事部担当者とご相談ください。
かつて私が勤務した地検では,小規模公共工事の談合情報に基づいて捜査を進め,その結果,大規模な地下鉄工事の談合を独禁法違反として摘発し,文庫本やテレビドラマの題材になりました。小さな情報を基に捜査を進めて大きな犯罪を摘発する典型例ですが,皆さんからの情報提供があって初めて摘発につながることも多いのです。

 この4月から京都地検で勤務していますが,特別刑事部の検察官や検察事務官は様々な情報・端緒に基づき,関係者から事情聴取し,資料・データを収集・分析するなど精力的に捜査していますので,情報提供先として期待してください。

 学生のみなさんが検察官(検事・副検事),検察事務官を志望されることも期待しています。検事になるには,法科大学院か予備試験→司法試験→司法修習という日本独自のプロセスを経る必要があり,副検事は経験を積んだ検察事務官らから試験で選ばれ,検察事務官は国家公務員採用試験合格後に各検察庁で採用される必要があります。検察庁の中でも特別刑事部で働くことには,法律上検察に認められた権限を独自に行使し証拠収集するという大きなやりがいや,メンバーが一丸となって事件を摘発していく喜びがあります。女性の被疑者や参考人が事件の重要な鍵となる事案も多く,女性職員も活躍しています。関心のある学生のみなさんはぜひ見学にお越しください。

気持ち理解と冷静な判断(交通部検事)平成29年2月10日掲載

 検事は,被害者や加害者の気持ちを理解しつつも冷静な判断をしなければならない,と上司から指導されている。

 私が検事になって間もない約20年前,ドメスティックバイオレンス(DV)事件を担当した。被害者の女性から何度も被害状況を聴くうちに,理不尽な要求をして暴力を振るった加害者男性に嫌悪感を抱いてしまった。悪質な事件であったから加害者を起訴し,引き続き裁判となった。裁判では弁護士が,被害者と加害者の事件に至るまでの交際状況を立証した。それは起訴前には私の知らなかったことばかりであり,二人にはこんなことがあったのかと思いつつ,数ヶ月間の裁判が進んだ。一方,法廷で見る加害者は,起訴前と比べて随分と分別の付く人に変わったように感じた。有罪判決が宣告された後,私は法廷で加害者に近寄り「あなた,変わりましたね」と声をかけた。すると弁護士が私に「あなたも変わりましたよ」と言ったのだ。

 確かに振り返って考えてみると,この事件を起訴する前の私は「被害者はひどい目に遭った可哀想な人」「加害者は自己中心的な悪い人」という一面的な見方しかできていなかったし,冷静な判断もできていなかった。取り調べの時の加害者と判決宣告時の加害者が違って見えたのは,弁護士が加害者に説教したからであろうか。それとも,私が法廷に出した証拠はこの事件の全体像から見ればその断片に過ぎなかったのを,弁護士がその間を埋める立証をしたために,加害者が裁判に納得したためであろうか。それとも,私に,加害者の人間としての良い所を認める心の余裕が生まれたからであろうか。いずれにせよ,冒頭の指導が正しいことを実感した事件であった。

児童虐待 関係機関でタッグ(公判部長)平成29年5月25日掲載

 新緑の森を歩いた。もゆる若葉が古都の空に揺れ,伸びゆく生命はまばゆいばかりにきらめく。検察官として様々な事件の捜査や裁判を担当してきたが,常に心が強く痛むのは,幼い子どもが虐待を受けた事件だ。悲惨な児童虐待事件は京都でも後を絶たない。
 検察庁では地域の実情に応じ,児童虐待事件に対する新たな取り組みを始めている。例えば事件発生直後から児童相談所や警察,検察が連携し,代表者が子どもから直接話を聞く。他の二者はその様子を別室でモニタ-し,事情聴取の回数を減らす。子どもへの精神的負担に配慮するとともに度重なる聴取による子どもの記憶への悪影響を防ぎ,供述の信用性を確保する試みである。
 検察官は事実を解明するために警察を指揮して捜査を行い,法と証拠を基に被疑者を起訴するか,不起訴にするかの処分を決める役割を担う。児童虐待事件では加害者である親の処分を決める前に,事案に応じて医療,教育を含めた関係機関と意見交換の場を設ける例もある。再被害を防止し,子どもが再び家族と一緒に暮らせる道を探る試験的な取り組みである。
 昨年,京都地検でも「児童虐待対策プロジェクトチーム」を立ち上げ,児童相談所や警察との間で協議会を随時開催している。問題意識を共有し,緊密な連携を図る取り組みを進めている。虐待によって子どもを死亡させるような重大な結果を招いた事件では,過去にも虐待が繰り返されていたことが多い。身近な子どもに虐待の疑いがあればちゅうちょせず,児童相談所や警察に通報してほしい。
 「子どもは未来からの使者」という。かけがえのない伸びゆく命を守り,悠久の歴史を確かな未来へつなげていくため,関係機関が相互に知恵を出し合って一層連携を強めている。検察官としてでき得る限りの努力を重ねていきたい。

職責 被害者の心情理解も(特別刑事部長)平成29年10月27日掲載

 検事に任官して24年目になりますが,1年目に公判を担当した事件を今も思い出します。

 それは大型トラックの運転手が赤信号を無視して交差点に進入し,自転車に乗って横断歩道を渡っていた女子中学生を死亡させた業務上過失致死事件でした。被害者のお父さんから事情を伺い,ご遺族がどれほど悲痛な思いをされているかを思い知った私は,その内容を法廷で直接証言してもらおうと考えました。

 裁判で起訴内容に争いはなく,検察官が請求した証拠は全て採用されることになりました。そして私が被害者のお父さんの証人尋問を請求したところ,裁判官は「調書はないのですか」と聞いてきました。調書があるのなら尋問までは不要だろう,というわけです。

 予想外の反応に私はうろたえ,しどろもどろになりながら必死であれこれ理由らしきものを並べ立てました。傍聴席にはお父さんが待機しています。汗が額から流れ落ちるのが分かりました。それでも裁判官は新任検事が何か必死になっているのをおもんぱかったのか,証人を採用しました。

 お父さんは宣誓の上,亡くなった娘さんの人となりや,いかに大切に育ててきたか,事件が家族にとってどれほど衝撃的で,家族の生活がどれほど変わり果ててしまったかを毅然と,そして切々と証言されました。被告人には有罪の実刑判決が下されました。

 その後,犯罪被害者や遺族の刑事裁判手続きへの関与拡大については何度かにわたり法律が改正されてきました。今は遺族に法廷で直接心情を訴えてもらうために苦労することはなくなりましたが,事件の重大さに見合う処罰を受けてもらうため,必要な事実を余すところなく立証する検察官の職責自体に何ら変わるところはありません。

 自分はそれをきちんと果たし得ているか,あの時のお父さんの面影を思い浮かべて自問しながら,日々仕事に向き合っています。

真相解明が使命 実感(交通部長)平成29年12月1日掲載

 検事には,事件の真相を解明し,これに見合った適正な処分を実現させる使命があります。検事になって23年が経ちましたが,この使命を実感した事件があります。

 それは十数年前に担当した傷害事件です。被害者は20代の女性で,ホテルのベッドで意識不明の状態で発見されました。疑われたのは,女性の隣で眠っていた男性です。当時,この女性と交際中でした。

 女性の頭部には打撲傷がありました。脳内には急性の血腫が認められ,この血腫が原因で意識不明になっていたのです。男性は女性に対する傷害の疑いで逮捕されました。

 しかし,男性は一貫して容疑を否認し,その血腫が生じた原因は被害者が自ら転び,頭を強打したからだと説明しました。一方,女性は意識不明のまま事情を聞けない状態で,回復は非常に難しいと思われました。暴行の目撃者もいませんでした。

 被害者が真相を語れないことをよいことに,不当に罪を免れることがあってはなりません。諦めずに慎重に捜査を尽くし,状況証拠を積み重ねた結果,暴行があったことを認定できたと判断して傷害罪で起訴しました。今度は裁判です。

 男性は,裁判でも同様に無罪を主張し,状況は予断を許しませんでした。ところが,幸いにも女性が意識を回復したのです。早速,女性に確認したところ,執拗な暴行があったことが明らかとなり,裁判でもそれを立証することができました。

 男性は一転して罪を認め,裁判所は検事の主張通りの実刑判決を下しました。

 この事件を振り返るたびに,真相解明を諦めないことの大切さと,冒頭で述べた検事の使命を思い起こしています。

真実の解明へ 努力続ける(公判部長)平成30年6月12日掲載

 日本の刑事裁判では無罪率が非常に低くなっています。「平成28年司法統計年報」をみると,1審判決で有罪となった被告人は5万7,578人。一方,無罪は113人で,無罪率は0.2%です。
 外国の無罪率をみると,米国では連邦事実審(事実問題と法律問題を併せて審理)で0.4%,英国では,治安判事裁判所で2%,クラウンコート(刑事法院)で18%,フランスでは重罪の1審で6.4%,ドイツは4%,イタリアはローマ地裁で20.7%。国ごとに制度や実情が異なるとはいえ,日本の無罪率の低さは際立ちます。
 罪に問うべきでない人が刑事裁判にかけられることが少なく,慎重な運用がなされているためだとして評価する人もいるでしょう。一方,過去の歴史に照らし,罪に問うべきではないのに有罪とされてしまった人がいるのではないかと疑念や不安を感じる人もいるかもしれません。
 我々は検事任官のずっと以前,法律を勉強し始めた学生時代に,「10人の真犯人を逃がすとも1人の無辜を罰するなかれ」という法格言を学びます。長く検事を努めてきた感覚からすれば,検事は皆この格言を胸に抱いています。罪に問うべきではない人を絶対に罪に落とさないと誓い,執務に当たっています。
 加えて,任官してから「被害者とともに泣く検察」という検察格言ともいうべき言葉も習得します。苦しむ被害者がいるとき,それを招いた真犯人を逃したくない。困難があっても何とか乗り越え,真実に近づこうと努力を続けています。真実を明らかにすることは被害者のためになり,犯人に真の反省を迫ることにもつながるだろうと信じているのです。
 基本的人権の擁護と,真相を明らかにしていくという実体的真実の解明。刑事訴訟法は,二つの大きな目標を我々の前に掲げました。低い無罪率をもし誇れるとしたら,それは数字だけではなく,この目標を忘れずに執務に取り組んでいることこそ誇りたい,そこから外れないよう常に自省を続けていきたいと思います。

事故現場で偶然の助け舟(刑事部検事)平成31年3月8日掲載

 新任の時代に担当した忘れられない事件があります。トラックを運転していた被告の男性が,前方不注意により自転車で横断する小学生の男の子をはね,死亡させたという事件でした。被告は被害者の飛び出しを理由に,無罪を主張していました。
 検察官は,犯罪を証明するために様々な証拠を集めます。事故現場は,前をよく見ていれば近づいてくる自転車が十分に見える道路状況でした。次回の公判までにその証拠を補充する必要がありました。
 現場に行った私は,実際に子ども用の自転車を路上に置き,見通しを確認すべきだと思いました。しかし,そこは自転車どころか人通りすらない場所でした。困っていた矢先,被害者と同じような自転車に乗った男の子が通りかかったのです。
 その子を呼び止めて自己紹介し,「ここで起きた事故のことを調べている。君の自転車を少しだけ使わせてくれないか」と頼みました。すると,その子は「いいよ。事故に遭ったのは僕のお兄ちゃんだから」と答えたのです。
 私は息をのみました。「しまった。軽率にもつらいことを頼んでしまった」と申し訳なく思いました。
 後日,被害者の両親は教えてくれました。ふだん弟が通る道ではなく,私に会ったのは偶然とのことでした。「きっと検事さんが困っているのを見たお兄ちゃんが助け船を出してくれたんでしょう。弟も『僕の自転車が役に立ったよ』と言っていました」。その自転車を使った証拠で立証を補充でき,被告は有罪判決を受けました。
 あれから20年近く経ち,科学技術の進歩によって収集できる証拠も飛躍的に増えました。それでも,現場に足を運ぶ,人から話を聴くなどの地道な作業の積み重ねが捜査の基本姿勢であることは変わりません。あのときの助け船に恥じないよう,検察官の使命を果たしていきたいと思います。
 

「熱血」で捜査 困難に挑む(特別刑事部長)令和元年11月28日掲載

 みなさんは、捜査といえばどんなことを思い浮かべますか。鑑識活動、実況見分、電子データの解析、鑑定などさまざまな捜査がありますが、検察官による大事な捜査の一つに、「関係者から話を聞く」ということがあります。私も、これまで何度も、被疑者や被害者、目撃者など多くの方々から話を聞いてきました。
 親を殺した容疑で逮捕された被疑者から話を聞いた時のことです。
 「黙秘権があろうとなかろうと黙秘する」。被疑者は顔を合わすなり、そう言いました。被疑者には黙秘権があり、発言に何ら問題はありません。でも、検察官は諦めて引き下がるべきでしょうか。
 事件の真相は、客観的な証拠に、人の説明が加わってこそ明らかになってくるものです。検察官は、国民の負託を受けて権限を行使していますから、真相解明を目指して最大限の努力をしなければなりません。私も被疑者の心を開くため、親からの愛情に言及するなどして説得を試みました。しかし、すぐに心を開いてくれるような奇跡は簡単に起こりません。初日は、黙秘のまま、終えました。
 説得を続けた翌日。どういうわけか、お互いが黙ったまま対峙(たいじ)する、という時間が生まれました。「雑談から入った方が良かったかな」。そんな思いもよぎりましたが、意を決して「昨日からいろいろ言っているが、私は間違ったことを言っているか」と切り出しました。すると、被疑者から「間違っていません」と意外な答えが返ってきたのです。
 この答えには私もびっくりしました。でも、被疑者はこれをきっかけに、事件の真相を語るようになったのです。
 被疑者には余罪が複数ありました。私は半年にわたって話を聞くうちに、この被疑者から「熱血」というあだ名をつけられました。あれから15年以上経ちましたが、今思えば、この「熱血」が、困難を乗り越える力になったのではないかと感じています。
 検察は、困難に負けずに犯罪を摘発してこそ、国民の信頼を得ることができます。今後も、「熱血」をもって困難に挑んでいきたいと思っています。

先入観なく丁寧に話を聴く(交通部長)令和2年3月12日掲載

 検察官には,事件の真相を解明して被疑者を起訴すべきかを判断するという重要な任務があります。そのために警察としっかり連携して証拠を集め,被疑者や関係者から話を聴くなどして真相の解明に努めます。
  防犯カメラの映像など,様々な客観的証拠によって真相に迫れる時代になりましたが,その中でも,被疑者が事件についてありのままに正直に話すことにより,本人だけが知っている事実が明らかになることがあります。
 ある薬物密売グループの内部で仲間割れが起き,被疑者が2人を刺して逃げた,という事件を担当したときのことです。被疑者の行方を追っている段階では,傷の状況などから一つの刃物で刺したと思われていました。ところが,逮捕当初かたくなだった被疑者が少しずつ始めた話によれば,2人を別々の刃物で刺した,というのです。これを信用できるかが問題でした。まず,彼が説明した立ち回り先から,一つめの刃物が見つかりました。さらに,別の刃物を湖に捨てたというので,水中での捜索を行うことになりました。
 警察官であるダイバーたちが水底に等間隔で横に並び,各自が正面左右の土砂を入念にさらいながら数メートル前進する,ということを広い範囲で繰り返しました。簡単には見つからないと覚悟していましたが,日も暮れてきて,あと1回だけ,これを最後にいったん打ち切るという最後の1回で,さびが付き始めた刃物が発見されたのでした。
 こうした粘り強い捜査のおかげで,被疑者が本当のことを話していると判断できましたし,その後の裁判では,凶器の現物を法廷に提出して,被疑者に強い殺意があったことや被害者が受けた苦しみを,分かりやすく伝えることができました。
 この事件から,人の話を先入観なく丁寧に聴くことの大切さ,最後まであきらめない熱意と努力の尊さを学びました。今でも大事にしている経験です。
 

被害者の声 届けるのが仕事(公判部長)令和2年4月16日掲載

 刑事裁判を担当する検察官は,犯罪事実を立証するという立証責任を負っています。それと同じように大切なこととして,被害者の意見を裁判所に届けるという役割があります。
 私が検察官になった1996年当時,被害者が刑事裁判を傍聴するには,傍聴席に座るほかありませんでした。当事者席で傍聴することはできず,被告人への質問などもできませんでした。
 被疑者が少年の事件では,被害者は少年審判を傍聴することすらできず,審判の記録を見ることもできませんでした。
 そのため,検察官は,被害者から「少年審判を傍聴したい」「少年審判の記録を見たい」と言われても,被害者の悔しい思いを聴いて調書を作り,その調書を証拠として裁判所に届けることしかできませんでした。
 しかし,現在は,被害者参加制度が法制化されました。被害者は,裁判所に認められれば,傍聴席ではなく,当事者席(多くは検察官席の後ろ)に座れます。一定の要件はありますが,被告人に直接質問したり,自らの思いを意見陳述として述べたり,法律の適用について意見を述べたりすることができるようになりました。また,少年審判でも,一定の要件の下で,傍聴したり,審判の記録を見たりすることができるようになりました。
 私たち検察官は,記録から被害者がどのような被害に遭ったかを知り,被害者の痛みをある程度まで想像することはできます。それでも,実際に被害者から話を聴くと,それらは我々の想像をはるかに超えていることも多いです。こういった被害者の思いを裁判所に届けるため,被害者に刑事裁判へ参加していただき,意見を述べてもらうことも,裁判を担当する検察官の大切な仕事です。
 刑事裁判が終わったあと,時折,被害者の方からお礼を言われることがあります。もちろん,検察官として当然のことをしただけです。それでも,「担当してもらえてよかった」という言葉は,検察官を続けていく上で,大きな励みになっています。

被害者と対話 寄り添う捜査を(特別刑事部長)令和3年10月14日掲載

 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、司法の現場にも影響を与えています。検察官は、被疑者や参考人を取り調べますが、向かい合って話をするため、手洗いうがいやマスクの着用の徹底はもちろんのこと、取調官と被疑者の間についたてを立て、退出したら部屋やドアノブの消毒など、感染拡大防止の対策を凝らしています。しかし、このような状況でも、捜査を止めることは許されません。検事になって二十数年がたちますが、常に事件の被害者のことを考えながら、捜査をしてきました。
 検察官は被害者や遺族から、被害を受けた状況だけでなく、事件でどんな風に人生が変わってしまったのかなど、被害者の事件前のエピソードを聞き取ります。裁判では、被害者の処罰感情も考慮されるからです。交通死亡事故や殺人事件では、被害者のご遺族に話を聞きます。特別刑事部が扱うような汚職や財政事件でも同様で、たとえば官製談合事件では、摘発された業者と競合しながら公正に入札をしていた業者についても、被害者的立場にある方と理解しつつ話を聞きます。
 ある交通死亡事故の捜査を担当していた時、小学生だったお子さんを亡くしたお母さんに事情を聴きました。事故直後だったので今にも意識を失ってしまいそうなほど憔悴されていましたが、「生前はどんな子でしたか」「どんな思い出がありますか」と聞くと、涙を流しながら、「こんなにかわいらしい子だったんです」と、家族写真を見せてくれました。幸せそうな母子の写真を見て、私は言葉を失ってしまいました。「被害者のために頑張らなければならない」という思いをますます強くしました。
 事件後のショックを受けている状態で、警察官や検察官に話をすることは、被害者にとって大きなストレスで本当につらいことだと思います。まだ話したくない、という方もおられます。ですが、対話を続けることで、事件の構図や被害者が何を求めているのかが、見えてきます。私たち検察官は、そのような被害者に寄り添い、一人でも救われるように捜査をしています。

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