知恵泥棒のすゝめ ~第67期司法修習生実務修習開始式にて~

最終更新日:2015年12月28日

元釧路地方検察庁検事正 山 下 輝 年

 第67期司法修習生8名の皆さん,改めまして司法試験合格おめでとうございます。そして晴れて実務修習地釧路に来られたことを心から歓迎いたします。これから10か月間を有意義に過ごすわけですが,その心構えを私なりに,と言いましても大先輩(故平井令法検事)の骨子に基づいたものを,この機会にお伝えしておきます。たった一つです。

 それは「泥棒」のすゝめです。「泥棒」と言っても,刑法に触れる窃盗ではなく「知恵泥棒」です。他人の良い知恵はせっせと盗みましょう。知恵は自動的に与えられるものではありません。巣立ち前の雛は口を開けて待ってれば親鳥が餌を与えてくれますが,この世界は違います。皆さんは法律家の「卵」よろしく,自ら殻を破る必要があり,そのためには受け身ではなく,積極性を身に着ける必要があります。

 さて,この知恵泥棒には更に三つの効果があります。
 一つは,財物を盗めば被害が生じますが,知恵泥棒には被害が生じません。昨今は知的財産権が問題になりますが,こと司法修習の場において,それを気にするような度量の狭い実務法律家はいません。被害がないどころか,知恵が他人に渡って価値が倍増するからです。むしろ,「先輩にこういう点を学びたい」「こういう点を盗みました」と言えば,喜んで時間を割いてくれるでしょう。
 二つ目は,知恵泥棒で共有した後は,今度は自ら他人に分けて下さい。中には自分だけ得しようとして独占する人がいますが,実に狭い考え方です。人に伝えるには,まず自分が内容を理解していなければできず,自分の理解に役立ちます。理解が不十分であれば,伝えられた人から指摘されて修正できるかも知れません。仮にその知恵が役に立たない,あるいは見当違いであれば,その理由を含めて教えてもらえるでしょう。
 三つ目は,知恵が人に渡れば新たな良い知恵が生まれる可能性があります。人の力量には限界があり,自分には出来なくても他人ならそれを利用して改善応用できる余地があります。つまりは知恵の向上です。一国の法曹の質は,個々人の質の総和あるいは平均と言われます。より良い知恵が生まれれば,それが法曹界全体の知恵となり,社会紛争で困っている人々の助けとなり,社会の役に立つという構図なのです。

 この意味で,法曹と同じprofessionである医師の世界を見習うべきでしょう。個々に見れば様々な批判はあるでしょうが,少なくとも彼らは研究・臨床・教育に明け暮れ,得られた知見を提供し自ら吸収することによって医療界全体で共有し,日々前進し,その結果数十年前と比べると,とてつもない進歩を遂げ,それは今も続いています。

 以上の点を心がけて,実務修習の日々を過ごせば,知恵の取得,知恵の共有,知恵の向上を実感し,皆さんの目的が達せられると確信します。

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